SNSでの人間関係は気薄なのか?動物の死で支えあう関係の“絆”が存在する【共生型ネット社会】

愛犬の死で落ち込んでいる私の弱み

愛犬が旅立ち、悲しみに暮れている中、多くの方々に支えられている自分がいることを実感しました。

私は、子どもの頃から実家の病院の跡継ぎとして、すごく厳しく育っていたと思います。

まず、人に弱みを見せない。それは、経営者としてはすごく必要なことです。

泣きわめいても、逃げても問題は何も解決しないからです。

会社の責任者として、従業員を路頭に迷わすわけにはいかないからです。

病院を継ぐことはありませんでしたが、20代前半で起業し35年…その気持ちは今でも変わりません。

経営をしている35年間、何もなく安泰な時ばかりではありませんでした。

取引先の夜逃げや未払いなど様々な場面に遭遇…イベントを行う事業内容なので、行う場所によっては恐い方たち(ヤ〇ザ)とのトラブルで、代表者として組に私がひとりで行かなければならない思いもしてきました。

昔の警察は事件にならなければ、相談することができない上、弁護士を連れていけば事が大きくなることもあり、ひとりでいきました。

相手だって人間なのだから、相手の譲れない筋があるんです。

それを考え、心の整え方も長い人生の間学んできたと思っています。

自分ではよほどのことがない限り、屈しない気持ちや強さを持っているつもりです。

ただ、たったひとつ…守るべき愛する動物との別れに関しては、どうにもならない自分がいます。

親は子供よりも先に旅立つことが、幸せであると信じていますが、守るべき子供の旅立ちほど、人生の中で辛いことはないのではないでしょうか。

子どもの死を受け入れられる強さは、自然の摂理としてほとんどの人が持ち合わせていないと思っています。

ただ、旅立った子をどのように、これから永遠に愛し、守り、心に宿していくのか…と、その瞬間から苦しみが始まりますが、生きていかなければならない自分との戦いがあるのです。

私は人間の子供とのお別れは経験していないので、その方たちの苦しい気持ちを語ることなどできませんし、してはいけないとも思っています。

しかし、「守るべき愛する存在」を失った心…身を引き裂かれるような思い…後悔をすることなどない状況にもかかわらず自分を責めてしまう心…大きな存在を失い自分を見失ってしまう危機感…など、人それぞれだと思いますが、その苦しみはどうにもならない…という気持ちは、大なり小なり同じだと思っています。

SNSで感じたあたたかい空気

SNSで知り合った方で、いつも心配してくださっている方とのLINEのやりとりで、怖い方(ヤ〇ザ)の方々でも、動物に対しては、優しい眼差しを見せるという会話をしました。

動物は私達が捧げた以上の愛情で、私達を支え寄り添ってくれる…見返りを期待しない純真無垢の愛情をいっぱい注いでくれる存在。

もし、人間のパートナーとしての動物が、人間に危害を与えたとするならば、その動物は不幸にも人間に苦しい思いをしたことがあると私は考えています。

動物に対して愛情を向けられない人も、愛された経験が気薄なのかもしれませんし、辛い体験があるもかもしれません。

そういう社会の中で、人間同士は心のどこかで計算をしたりしてしまう…そんな世界にどっぷりと浸かって生活をしていると、信じ切って私達を見つめる動物達を、私達も決して裏切ってはいけない…そう思う心が、人間社会でどんな立場の人さえ魅了してしまう部分であると思うのです。

私は、以前動物の旅立ちで、ペットロスになったことがあります。

今回もその状況になっていましたが、今回もネットで知り合った方たちのあたたかい言葉で救われ、愛犬「若葉」のかわいい話をゆっくりと聞いてくださり、若葉を感じ、心の中にしっかりと抱きしめていく気持ちになれています。

以前、私は動物や虹の橋について、様々なことを綴ったりしているサイトを運営していました。

しかし、動物に対してストイック・ヒステリーになる方や、逆に動物をすごく軽視している方…動物と接している方たちすべてが、自分に同感しているわけでもないことを感じた上、個人情報などが軽く見られている時代だったので、危機感さえ感じてサイトを閉じています。

私はネットの世界で、人と深く関わりすぎてしまったとさえ感じていました。

しかし、15年ほど前の話ですが、私に同感し現実にお会いしてきた方々から、昔の私のハンドルネームでお便りが届くんです。

その方たちは、私を見ててくださっていたのですね…。

辛い時、そっと言葉をかけてくれる…SNSでもそんなやさしい関係があるのだなぁ…と感謝し、私にとって大切な関係です。

そして、現在のネットで、あまり親しくなかった方が、Instagramで私にお声をかけてくださいました。

ブログで、キラキラした楽しい生活をしている一面だけを見ていて、彼女の動物に対する想いを私は感じ取れることができなくて、本当に申し訳ないと思いました。

その方も愛犬を失い、苦しい気持ちの中、私にやさしい言葉をかけてくれる…そんな新しい関係が、若葉の旅立ちで引き合わせてくれたことだと感じるのです。

今日SNSで知り合った方からお花が届き、その方は若葉が元気な時に若葉のイラストを描いてくださっていました。

すぐに紹介しないで今日に至り、若葉が旅立ってからのアップになってしまいました。

その方から花が届いて…若葉はきっと虹の橋で感謝しているだろうな…と。

様々なSNSで、いつも若葉は私と一緒だよ…と言い続けてくれています。

そんな優しい空気の中で、若葉を忍ぶ時間が苦しいほどの悲しみを包んでくれるかのように、ゆっくりと若葉と心ひとつになれていくのを感じます。

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動物の死で支えあう“絆”が存在

ネットによる誹謗中傷も多く存在する中、“優しい関係”も存在します。

苦しみの相手を感じ、声をかけられない気持ちになることも多いと思いますし、共感して声をかけてくださる方もいます。

SNSによって、現実の社会では人間関係が気薄になるという話がありますが、逆にネットでの世界だから共感できる関係を築くこともできる場合があります。

身近な人に相談できない問題の解決や身近な不安、闘病中の患者同士、そして今回の私のように人の言葉によってあたたかい気持ちになったり、人と人との支え合いにつながるようなことがあります。

共生型ネット社会…と言うようです。

ソーシャルメディアの利用が進み、国民生活に浸透した場合にもたらされるICT社会像を整理すると、「主体となる人と人とが支え合い、国民の幅広い層の包摂を実現し、ICTが人と人との協働(コラボレーション)を媒介し、諸問題の解決等により価値創造をする進化したユビキタスネットワーク社会」と特徴付けることができ、このような特徴を有するICT社会を「共生型ネット社会」と呼ぶことができるだろう。

<総務省:情報通信統計データベース>

動物のことを綴ると、嫌がらせの可能性があることから、躊躇したことがありますが、それ以上に多くの方がかけてくれる“あたかい気持ち”を大切にしたいと思うのです。

動物の死がきっかけではありますが、支えられている私が、いつか誰かが苦しんでいた時、若葉のように寄り添えるような人になりたいと思うし、支えあう関係の“絆”が存在すると信じています。

人と人との絆の真の強さは、その繋がりの心と、信頼関係を深めるために行ったあたたかい言葉によって心が動くのだということを心していきたいと思うのです。

SNSをしている人は、人間関係は気薄なのか?…よく語られることです。

実社会で、これほど多くの動物が好きな人と出会えるだろうか?愛犬の話ができるだろうか?…そんなことを考えると私は、愛犬家であることは知られているけれど、愛犬の話を多くは語りません。きっと“苦しいほど悲しい”と泣き叫ぶこともないと思います。

だから、社会で言えない苦しいことを、SNSで知り合った皆さんにだから、甘えて言えるのだと思っています。

しかし、それは一部分であり、実社会の人間関係はまた別に存在しています。

私の場合は、動物の旅立ちがきっかけではありますが、様々な立場で支えあう関係の“絆”が存在すると思います。

SNSでは共感することで犯罪につながる悲しい事件がありますが、最初のきっかけは、ツールによってもたらさたものかもしれない…しかし、人と人との関係はどのツールからスタートしたかが重要ではなく、どのように感じてその後お付き合いしていくかという実社会での経験が生かされる関係だと思うのです。

 

たくさんのお言葉…ありがとうございます。

見守ってくださって…ありがとうございます。

私と若葉は幸せ者です。




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