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東大理Ⅲ合格させた母…親子共依存・家族や子どものためという幻想に気をつけて

家族という幻想

東大合格ってゴールなのか?

最近の話題で、東京大学理Ⅲに息子3人を入学させたという母親の話をTVで拝見しました。

尾木ママと怖いほどのバトルでした。

意見交換で、双方とも「教育」に関してはご自身のお考えがある方たちなので、私の意見は浅いものなのかもしれません。

尾木ママは「自立心を育てる子育て」を勧めていましたが、全く母親は受け入れなかったのです。

東大入学させた母親の言葉でビックリしたのが、大学の願書は母親が下書き・恋愛は無駄・家のお手伝いは受験に障害になるのでやらさないほうがいい、時間の無駄、計画は全て母親がたてる…など…

でも、ネットで調べてみると、母親の努力なくして東大合格はなかったのでしょう…子どもを想う気持ちは、息子2人を育てた私も共感できることもありました。

東大理Ⅲは半端な気持ちで挑戦しても、合格できる大学ではありません。

受験は結果がすべてですから…

日常が忙しいにも関わらず、親としても相当の努力をしないと実行できることではありませんね。

本当に親子の努力の賜物なのでしょう。

報道されている記事を読んでいると…いろいろな家庭があり、いろいろな母親がいるのだな…とつくづく思いました。

我家は自営業なので、私は彼女のようにずっと子どもの側にいられなかったし、塾や私立高校に行かせられなかった。

自分で選択した道には、いくら子どもといえども自己責任があるということを言ってきましたが、「勉強をしなさい」と言ったことがありません。

 でも、親が子どもの歩んでいる全てをしてあげなくても、子ども自身で選択して国立大学に合格ってできると思うのです。

ただ単に我が家に余裕のお金がなかったから、息子が危機を感じて国立大学だけの選択だったのかもしれませんが…苦笑

私は、このTVを見ていて、大学に入ってしまえばどうにかなるという人生のゴール的な方向で話が出来上がっていることの方が違和感を感じました。

私の周りの方々を見て感じるのですが、人間って、「社会に出て人間関係を築き、人格者と言われ、その人の親が死んでからが、その人の人生を問われる」ような気がするからです。

息子さんのコメントを拝見して、人格者であるステキな文面で、そのまま素敵なお医者様になってほしいな…と感じましたよ♪

「母原病」と「親子共依存」

息子さん達が立派であることは、親として自慢したくなる気持ちもとても理解できますよね。

私の語ることではないのかもしれませんが、燃え尽き症候群のように、仕事の終わりってないのでしょうか?

いずれ結婚し自立する子ども達をじっと見守ることができるといいのですが…

西洋文化と違い、一般的に日本の母に多いことなのです。

私は保育園で一時働いていたので話題になっていた「母原病」と「共依存」には気をつけたいと思っていました。

「母原病」とは児童の身体的あるいは精神的な病気の多くは、母親の子供への接し方に原因があるというものでした。

「共依存」とは、日本人の女性は共依存になるように教育されて育つ場合が多いとされていて、自分よりも特定の他人(家族など)の事ばかりに意識が向いてしまい、頼られる事によって満足感を得てしまう人のことを言います。

 

 「親子共依存」とは、親の立場を使い、子供に対して自分の所有物のように支配したり、また自分の理想の子供像へと、親の考えを押し付け、それが親の愛情と思い込んで、あたり前のよう子供に接していることに気が付かないということです。

子どもが自分より大切!その感情は、理解できます。

母親は自分でも気が付かないうちに共依存になっているのかもしれません。

家族や子どものためという幻想には、共依存関係が潜んでいるような気がします。

親の基本的な義務

(1) 衣食住や健康などに気を配る。

(2) 肉体的な危険や害から守る。

(3) 愛情や安心感など、心の面でも応える。

(4) 心の面でも、危険や害から守る。

(5) 道徳観や倫理観などを教える。

<参考:ペルソナ/ユング心理学辞典>

人間はこの世に生まれ落ちた時、無力です。

当たり前に、頼らないと生きていけないのだから、親や身近な大人、特に母親に依存します。

このように人間の対人関係はまず、依存からはじまるのです。

母親の役目は大きいですね。

でも、動物は成長するので、だんだんと「自分でする」ことを覚えます。

自分でする面白さや、その際の成功体験、失敗体験、いろんなものを経て活動範囲を広げ、やがて自立していきます。

その自立を見守るのが、親としての最後の義務だと思うのです。







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